旬をお届け 今月の成田山 ひとこと説法「今月のひとこと説法」
江戸出開帳

今月のひとこと説法

御僧(おんそう)の法話すませし団扇かな 芝 不器男(しばふきお)
七月中旬、暑さ厳しき境内に目を向けると団扇や麦茶、風鈴など身近なものに涼を求める姿を目にします。
 団扇は煽いで風を起こし、涼を得るための道具です。竹の骨に紙を張り、柄を付けたものが一般的ですが、伝統的な柄や絵巻をあしらった京団扇や、切り絵を配した奈良団扇、柿渋を塗った丸亀団扇など様々です。
 夏、蚊や蝿などを払うために使った「打ち羽」が語源で、本来中国語だった団扇が日本に渡来し「打ち羽」に対応する漢字として当てられました。平安時代中期に源順(みなもとのしたごう)が編纂した『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』には、風をおこす団扇を「うちは」、貴人の顔を隠す扇を「あふぎ」とする記述があり、古くから夏の涼を得るものとして親しまれていたことが窺えます。
やや古りし団扇なれども捨てがたし 東皐(成田山中興第十八世荒木照定貫首)
 どこへ行っても冷房が当たり前になって いる今日、先人たちが大切にしてきた暑さを凌ぐ生活の知恵はほとんど見られなくなりました。簾(すだれ)越しの涼風。打ち水で感じる涼しさ。汗をかいて感じる爽快感。団扇の風に感じる慎ましやかな涼しさ。
 今一度、日本人が培った涼の素晴らしさに目を向け、自然と共に生きた時代を再認識したい夏です。

今月のひとこと説法

 東の空が明るみ、太陽が昇りはじめると、 蓮は、朝の静寂(しじま)に息を合わせるかのように静かに花弁を開き、神々しいほどの美しさを見せます。早朝に開いた蓮の花弁は、午後には閉じてしまいます。それを三日間繰り返した後、四日目の昼には花弁の全てが散り、中央の花托を残すのみとなります。
 蓮は花托が蜂の巣に似ていることから、古くは「ハチス」と呼ばれ、万葉集ではこの名が多く使われています。インド原産で、中国から仏教とともに、日本に伝来したと伝わります。
 仏教では、泥水の中から生まれて浄らかな花を咲かす蓮を、貪(むさぼり)・瞋(いかり)・痴(おろかさ)がはびこる人の世の穢れに染まらず、さとりを開かれたお釈迦さまの智慧と慈悲の象徴であると説きます。故に、観音さまの持物や須弥壇にお供えする常花、仏像の台座など各所に蓮が用いられています。
この泥があればこそ咲け蓮の花 蕪 村
きれいな水の中で育った蓮は小さな花しか付けられず、逆に泥が多ければ多いほど大きな花を付けるといいます。煩悩(ぼんのう)渦巻くこの世なればこそ、お不動さまの御加護を信じ、御教えの実践によって、私たちの心にも浄らかで美しい大輪の蓮を咲かせたい夏です。

(2018年6月1日)

今月のひとこと説法

成田山は4月28日から5月28日まで開基1080年祭記念大開帳を奉修しています。
境内では大塔婆御手綱をはじめ期間中にのみおまいりできる特別参拝を行っています。
大本堂前の大塔婆御手綱は、堂内におまつりするお不動さまの御手とつながっており、その綱に触れることでお不動さまに直接触れるのと同じ御利益をいただくことができます。
すべての人びとを救わんと誓われたお不動さまは、大きな岩の上にお坐りになり、激しい火炎を生じて火生三昧という瞑想の中におられます。右手には煩悩を断ち切る利剣を持ち、左手に慈悲の御心で人びとを導く羂索をお持ちになっています。その慈悲の手から直接伸びる御手綱に触れ、深き祈りを捧げることによって困難な時代を生き抜く力が心に宿り、大いなる御加護をいただくことができるのです。 十年に一度の貴重な機会にお不動さまとの御縁を一層深め、信仰心をより堅固なものにしましょう。

(2018年5月1日)

今月のひとこと説法

春夏秋冬。春は四季の最初にあたります。花は咲き誇り、人々の出会いと旅立ちを、うららかに見守ってくれています。春は始まりの季節です。
「花は香り、月はおぼろに霞む春の夜は、趣が深く、その一時は千金にも値する」(蘇軾『春夜』より)。
自然のうつろいは一瞬も休むことなく、生成流転をくり返します。時にはその優しさにつつまれて、大いなる恵みを享受します。時にはその脅威に恐れおののき、畏敬の念を以て崇め奉ります。
科学の進歩により人々は多くのことを手に入れました。しかし、いまだ自然の摂理には争いようがありません。私達もまた自然の一員であり、その理から逃れられない存在であるといえましょう。
だからこそ、お不動様のご加護のもと、この一瞬一瞬を大切に、精いっぱい生きていきたいものです。

春宵の此の一刻を惜むべし 高浜虚子

(2018年4月1日)

今月のひとこと説法

成田山では3月5日から7日まで「十箇座十万返(じっかざじゅうまんべん)」という特別な御護摩祈祷を厳修します。大きな木魚を3人がかりで叩き、お不動さまの御真言を3日間で十万返お唱えします。
木魚とは、魚をかたどった木製の法具です。本来は木槌で音を鳴らし時間を知らせる道具でしたが、後にお経の拍をとる法具として用いられるようになりました。 魚が目を閉じないところから、寝る間を惜しんで修行することを表しています。また、木魚の響きは眠気を絶ち、さとりの智慧にめざめさせる功徳があります。
一般的には「ポク、ポク、ポク」という響きで知られていますが、十箇座十万遍では木製のバチを使用するので「カーン、カーン」と甲高い響きを発します。この響きはお不動さまを表す梵字「カン」を示しており、私たちの迷いの根源である偏見やこだわりといった「煩悩」を鎮めると古くから伝わっています。
十箇座十万遍の澄みきった木魚の音に心を浄め、お不動さまの御真言をお唱えしてご一緒に御加護をお祈りいたしましょう。
(2018年3月1日)

今月のひとこと説法

二十四節気では最も寒い時期である大寒を過ぎると次に立春が訪れます。この頃から徐々に暖かくなっていくので、春のはじまりとされています。
暖かさはやがて暑さとなり、また寒さへと戻っていきます。心地よい暖かさや涼しさも、猛暑や酷寒もひとときのことで、うつろいゆくもの。寒暖が「無常」であることを、私たちは知っています。
寒暖の「無常」を知る私たちも、幸不幸については「無常」を忘れがちです。幸せの絶頂にいる時は、それが永遠に続くと信じ、大切なものを粗末にしてしまいます。苦しみのどん底では、そこを抜け出ることはできないと絶望し、己を見失ってしまいます。
「諸行無常」の教えは、大切なものを見失わず、どんな時にも絶望しないことを私たちに教えてくれます。お不動さまのように、己を見失わずに生きてまいりましょう。
(2018年2月1日)

今月のひとこと説法

初詣堵列の中を上堂す 松田空如

1月1日午前零時、新年を告げる梵鐘を合図に初詣を待つ人波が一斉に大本堂へ向かいます。元日の昼になると人出はさらに多くなり、境内は参詣者で埋めつくされます。
冒頭の句は、成田山中興第十九世松田照應貫首の作で、護摩導師として境内の人垣を縫って大本堂に上堂するご自身の様子を詠まれたものです。
初詣は、大晦日から元旦の朝まで神社に籠もる「年籠り(としごもり)」の風習が起源とされます。これが次第に変化し、江戸時代には、その年の縁起の良い方角にある寺社をおまいりする「恵方詣(えほうまいり)」となりました。現在のような初詣になったのは交通網が発達しはじめた明治の中頃からといいます。
一般的には年明け最初の参詣を初詣と呼びますが、成田山では1月28日の初不動までを初詣として、その間は大注連縄(おおしめなわ)が飾られます。大本堂での新春大護摩祈祷をはじめ、諸堂での厄除御祓や交通安全祈祷が行われ、全国各地の講中や団体参拝団などが来山し、多くの参詣者で賑わいます。
一年の御加護を願う初詣の祈りは、清く尊いものです。御本尊不動明王に自らの決意を誓うならば、より堅固なものとなり必ず成し遂げられることでしょう。
(2018年1月1日)

今月のひとこと説法

籠の虫亡骸となり冬ざるゝ 室生犀星

身を刺すような冷たい北風が吹く12月。野辺の草花が枯れ果て、落葉樹が葉を落としきるといよいよ本格的な冬の到来です。
「冬ざれ」は彩りを失った冬の景色が荒れ果ててさみしい様子をいいます。冬になったという意味の「冬(ふゆ)来(さ)れ」と風雨によって色あせたという意味の「曝(ざ)れ」が重なってできた言葉です。
冬は、生きることの厳しさを実感し、生きるための様々な試練を与えてくれます。
冬を越せない命、冬眠して春を待つ命、寒さや飢えに耐えながらも懸命に生きようとする命などさまざまです。なればこそ、常日頃から御加護くださっているお不動さまに感謝し、幸せでありたいと願う深い祈りの中にこそ生き抜く力のある事を感じたい冬です。
(2017年12月1日)

今月のひとこと説法

秋の行楽シーズン真っ盛りのこの時期、各地では様々なイベントが開催されます。長い歴史をもつ伝統行事や郷土ならではの斬新な行事などもあります。
毎年、決まったイベントに出かけたり、思いたって旅をしてみたり、きっかけは人それぞれですが、出発前の支度も旅行の楽しみのひとつです。
仕度には計算する、見積もるという意味があります。このことから、準備する、用意するという意味に繋がり、外出などのために身なりを整える場合にも使われるようになったといいます。
旅仕度で持ち物や身なりを整えることは大切ですが、心の準備も忘れてはいけません。はやる心や浮ついた心は、旅先で思わぬ事故に遭遇する要因となります。身の回りの準備と同様に心を整えることも大切な仕度なのです。
お出かけの前には心を落ち着かせてお不動さまに道中の無事を祈り、安全で楽しく充実した時間を過ごしましょう。
(2017年11月1日)

今月のひとこと説法

コオロギやスズムシの声がいよいよ賑やかになると家々の柿が色づき秋本番を迎えます。柿は、『古事記』にも記述があるように有史以前から栽培されていた作物のひとつです。甘柿と渋柿の2種類ありますが、渋柿は渋味成分であるタンニンを抜かないと食べることができず、現在では疎まれがちです。しかし、渋柿からは漁網の防水や建物の壁や柱の防腐剤、防虫剤、染料、塗布薬などの生活の中で活用できる「柿渋(かきしぶ)」が摂れるため、昔はどの家庭でも植えられ、生活を支える必需品でありました。
真言宗をお開きになられた弘法大師(こうぼうだいし)の言葉に「解宝(げほう)の人(にん)は鉱石(こうせき)を宝(たから)と見(み)る」という一節があります。物の本質を見極めることのできる人にとっては、この世に無駄なものはないという御教えです。
今の日本は生産や物流が発達し、ちょっと買い物に行けば何でも揃う恵まれた国です。その反面、物質的に恵まれすぎて、古くから大切にしてきた「もったいない」や「物を大事にする」といった「心」を失いつつあります。
たわわに実り、色づく柿の様子に、先人たちが大切に受け継いできた「心」を再確認したい秋です。
(2017年10月1日)

今月のひとこと説法

秋分は二十四節気の一つで毎年9月23日頃に訪れます。昼と夜の長さがちょうど同じになることから、仏教では「中道(ちゅうどう)」を象徴する日として大切にしています。
中道とは一方に偏った考え、極端な考え方や行いから離れるという教えです。
経典に中道をわかりやすく説いた説話があります。
お釈迦さまの弟子にソーナという極端に厳しい修行をする者がいました。ソーナは厳しい修行を続けますが、なかなか悟りに到達できません。その様子を見たお釈迦さまはソーナを次のように諭しました。「琴の弦は強く張りすぎても、弱すぎても良い音は出ない。悟りを得る道もまた同じである」と。教えを聞いたソーナは自らの行いを反省し、正しい修行を実践して悟りに到ることができたのです。
極端な考えは自らの見識を狭め、一方に偏った考えは対立や争いを生み出す原因となります。中道の教えに気づき実践することで、正しい道を歩むことができます。
秋分を迎え宇宙や自然のはたらきの中に仏の御教えを感じる9月です。
(2017年9月1日)

今月のひとこと説法

夜空に大輪の花が咲く花火大会の時節です。数万発が打ち上げられることも珍しくない現代の花火大会。使用する花火は今も昔も職人達の手作りによって支えられています。携わる職人達には数万発を準備する労力もさる事ながら、約2ヶ月を要するという「尺玉」という約30センチ以上の花火の製作には相当な根気が求められます。そして数ヶ月掛かりの花火でも一度打ち上げてしまえば、元の暗闇に戻るまで僅か5秒程。ともすれば見逃してしまうほどの時間です。それでも打ち上げられる花火を何千、何万という人が楽しみに待つ姿を想うからこそ職人は丹誠を尽くすのでしょう。
自らの務めに真摯に向き合うことが誰かの喜びに繋がり、誰かを思いやる心が糧となり自らの務めに精が出る。その心は菩薩の実践行の一つ、利他行に通じる心です。
今年もまた夏の夜空に艶やかな利他の花が咲きます。
(2017年8月1日)

今月のひとこと説法

仏心で握るハンドル事故はなし

7月は各地で海開きや山開きが行われ、行楽地は多くの人で賑わいます。開放的で楽しい季節ではありますが、その反面、行き過ぎた開放感から思いがけない事故につながることも多いようです。
警察庁の調べによると交通事故発生件数は年々減少傾向ですが、一年を通して見ると年末の12月が最も多く、次に7月に増加する傾向があります。交通事故の多くは、自分は大丈夫という過信や身勝手な思い込みが原因で起こります。自分ばかりではなく他人の立場になって考えられる心が必要です。
お不動さまは慈悲の御心で、あらゆる人びとを等しく救ってくださいます。慈悲とは他を慈しみ、思いやることです。ハンドルを握るとき、歩行者や同乗者、周囲の人すべてが尊い命だと思えば、無理な運転はできないはずです。心がけ一つで人の行動は変わります。
お不動さまが示す思いやりの心で安全で楽しい夏を過ごしましょう。
(2017年7月1日)

今月のひとこと説法

6月15日は真言宗の宗祖、弘法大師が誕生された日です。
「お大師さま」として親しまれる弘法大師ゆかりの霊場を巡拝する八十八箇所遍路があります。巡拝者は「お遍路さん」と呼ばれ、お大師さまを象徴する金剛杖を手に「同行二人(どうぎょうににん)」と書かれた笠や装束を身につけます。これは遍路修行中、常にお大師さまとともにあるという教えを表します。
遍路の道中は平坦な道ばかりではなく、険しい道を進むこともあります。一人で心細く感じることもあるでしょう。しかし、常にお大師さまがそばにいてくださると信じて歩みを続ければ、苦しくとも前に向かって進むことができるのです。
「同行二人」の御教えは、さまざまな状況におかれる私たちの不安を除き、安心を与えてくれます。
木々の緑が清々しい6月、お大師さまの御教えに感謝し、御誕生を祝いましょう。
(2017年6月1日)

今月のひとこと説法

日本の記念日を定めた『国民の祝日に関する法律』によると、5月5日の「こどもの日」は「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに母に感謝する」とあります。5月第2日曜日は「母の日」です。カーネーションを贈り感謝の気持ちを伝える習慣があります。これらの記念日はともに母親への感謝の心を表しています。
真言宗をお開きになった弘法大師空海の教えに「四恩の徳」があります。私たちの身体は必ず父母から生まれるものであり、この世に生を受けた後も社会の恩や人びとの恩、仏さまの恩によって生かされている。その第一の恩が父母の恩であると大師は説かれました。
私たちは、生み育ててくれた両親から連綿と連なるご先祖さまの命、社会や周囲の人びとの助けがあって今があります。多くの恩や命によって生かし生かされているのが私たちの命です。
緑が茂り大自然に命の輝きを感じる初夏。父母の恩、先祖の恩、さまざまな命の恩、それらを育むお不動さまの大いなる慈悲の御心に感謝を捧げる5月にいたしましょう。
(2017年5月1日)

今月のひとこと説法

私たち日本人は、昔よりお互いに助け合い、支え合っていることを「お互いさま」と丁寧な言い方をしてきました。自分がお世話になり、他人に奉仕することの大切さを自覚しているからでしょう。
また、周りにいる人だけでなく、既に亡くなった人々や自然に対しても、感謝の気持ちを表すため「お陰さま」と言ってきました。「陰」とは、太陽の光が当たらないところ、あるいは目立たない、隠れているという意味です。直接、自分の目で見たり、触れることはできませんが、生きている私たちの生活を陰で支えてくれているものに対して「お陰」と言いました。
更に、日本には「恩おくり」という言葉があります。「恩返し」は善意を受けた人に対して直接お返しをすることですが、「恩おくり」は自分の受けた善意を別の人におくることであります。
このように「お互いさま」や「お陰さま」という感じ方や受け止め方は、謙虚さや反省の心を引き出してくれる上でとても大切な心であり、私たちも多くの人々に支えられていることに感謝する生活を送りたいものです。
人知れず行われる善行の奉仕というものは、正に慈悲の極みであり、お不動さまの御教えの実践行につながるものでもあります。
(2017年4月1日)

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