• 被災地を忘れない成田山の被災地支援活動
  • 震災に勝つ勝御守(かちおんまもり)がつなぐ絆

被災地を忘れない 成田山の被災地支援活動

復興への祈りと支援活動

成田山のボランティア活動と、
一日も早い復興を祈願する御護摩祈祷

2011年3月11日に発生した東日本大震災は、多くの尊い命を奪い、東北・関東地方沿岸部に甚大な被害を与えました。成田山では、震災発生翌日から、境内での募金活動や被災地でのボランティア活動を行ってきました。大本堂では、毎日復興祈願大護摩供を奉修し、また大師堂で毎日震災物故者の供養を行っています。
気仙成田山とのご縁をもとにした
陸前高田での被災地支援活動

今より339年前1673年(延宝元年)に成田山から勧請(かんじょう)された御分霊を奉安する岩手県陸前高田市にある気仙成田山(真言宗智山派如意山金剛寺)。当時避難所となっていた気仙成田山で、被災地の皆さまと共に、震災物故者の供養を行いました。

陸前高田とのご縁

陸前高田の被災松

柴灯大護摩供では陸前高田の被災松を
お焚き上げしています

東日本大震災以前、岩手県陸前高田市には大変立派な松林がありましたが、一本松を残して、全て津波に流されてしまいました。平成24年9月、成田山がこの被災松を柴灯大護摩供のお焚き上げに使うことを決め、柴灯大護摩供でお焚き上げしました。後に、陸前高田の皆さまはじめ、全国からたくさんの感謝の言葉をいただきました。柴灯大護摩供での陸前高田の被災松お焚き上げは、平成30年まで継続いたします。
成田太鼓祭の舞台で見せる勇壮な姿
陸前高田で900年の歴史を持つ勇壮な祭のお囃子である気仙町けんか七夕太鼓保存会。ご縁は平成21年の成田太鼓祭参加にはじまります。津波で亡くなった保存会の方もいらっしゃり、一年間喪に服され太鼓演奏をいたしませんでした。震災後、初めて演奏したのが平成24年の成田太鼓祭でした。その際、代表の菅野さん(右写真)は「子どもたちが一日も早くふるさとへ帰れるように太鼓をたたき続ける」と話されました。

けんか七夕太鼓保存会とのご縁

ロンドンから響け とどけ 成田の祈り

ロンドンから世界へ感謝をこめて
オリンピックに合わせてロンドンで開かれたジャパンフェスティバル。オープニングアクトとして招待された気仙町けんか七夕太鼓保存会と共に当山僧侶も同行しました。ステージで僧侶が世界に向けて感謝の祈りを捧げた後、けんか七夕太鼓保存会が演奏。世界中からの支援に感謝の気持ちを込めて全身全霊で太鼓打つ姿が印象的でした。

福島原発事故被災者とのご縁

心の平安をおとどけしたい。被災地での彼岸法要と支援物資のお届け
成田ユネスコ協会婦人部と共同で福島の避難先を訪問したことから、福島原発事故被災者とのご縁が生まれました。福島県の南相馬市、二本松市、いわき市の各所をまわり、彼岸法要を行った後、支援物資をお配りしました。成田山では、不自由な生活を余儀なくされる被災地の皆さまに少しでも、心の平安をおとどけしたいとの願いから物心両面の支援活動を継続しています。

震災に勝つ 勝御守(かちおんまもり)がつなぐ絆

一対の大勝御守

被災松を使った大勝御守おおかちおんまもり
陸前高田市の被災松を使って、成田山では一対の大きな勝御守かちおんまもりを謹製しました。一つは成田山で、もう一つは陸前高田市で奉安されています。この大勝御守は、成田山が平成30年まで被災地を支援し続けるという絆の証です。

車椅子バスケとのご縁

漫画に描かれた御守からのご縁
「リアル」という車椅子バスケを題材にした漫画に描かれた勝御守の絵がきっかけで、宮城県で車椅子バスケの日本代表とのご縁が生まれました。折しも、成田山も同行したロンドンでのパラリンピック出場の直前合宿の最中でした。被災された代表チームの監督を含め、皆さんに勝御守をお配りした時の心からの笑顔がとても印象的でした。

成田市観光キャラクター「うなりくん」と勝御守

成田の町全体で被災地を応援
成田市のご当地キャラクター「うなりくん」。最近の成田山のイベントに参加する「うなりくん」の胸に大きな勝御守かちおんまもりがあるのをご存知でしょうか?成田の町全体で、被災地の支援と復興への祈りを行っていく、そんなメッセージを「うなりくん」と勝御守から感じていただければ幸いです。

勝御守がつなぐ各界との絆

勝御守を通じた活動を多くの方々が応援
十二代目市川團十郎丈や長嶋名誉監督、陸前高田ご出身の歌手・千昌夫さんはじめ、勝御守を通じた被災地支援活動が、多くの方々から賛同を得て、応援のメッセージをいただいております。

被災地支援活動報告 平成25年8月版|被災地支援活動報告 平成25年1月版


このページの先頭へ戻る