第49回 智光小中学生 作文コンクール
入賞者発表

本年も智光小中学生 作文コンクールが開催され、厳正な審査の結果、下記の通り各賞を決定いたしました。
ご応募下しました各学校の皆様には、厚く御礼申し上げます。



最優秀作「成田山貫首賞」
課題
小学生 千葉県5年 湯浅 義大
中学生 千葉県2年 古山 寧々
自由題
小学生 千葉県4年 橋本 花梨
中学生 千葉県2年 齋藤 彩萌

優秀作「成田山智光賞」
課題
小学生 茨城県2年 平岡 柊真
小学生 千葉県3年 高村 篤
中学生 千葉県1年 森田 凱仁
中学生 千葉県2年 木村 百花
自由題
小学生 茨城県3年 川﨑 歩
中学生 千葉県1年 桜井 悠里
入選作「成田山賞」
小学生 カッサラ祥平(千葉県1年)、 平山夏帆(千葉県1年)、 井村 雅(千葉県2年)、 近藤直捷(千葉県2年)、 長沢栄希(千葉県2年)、 石毛心彩(千葉県3年)、 中村心乃(大阪府3年)、 濱口 開(千葉県3年)、 麦田皓太朗(大阪府3年)、 浅井杏樹(千葉県4年)、 大渕真子(埼玉県4年)、 岡本悠希(千葉県4年)、 金塚千愛樂(千葉県4年)、 遠山結菜(千葉県4年)、 渡邊紗梛(千葉県4年)、 伊澤亮祐(埼玉県5年)、 小川明日風(千葉県5年)、 寺田梨鼓(千葉県5年)、 舩木苺衣(千葉県5年)、 伊藤心琉(茨城県6年)、 鈴木もも(千葉県6年)
中学生 坂本千洋(千葉県1年)、 富川正吾(東京都1年)、 信田伊智(千葉県1年)、 保科 徹(千葉県1年)、 増田 海(千葉県1年)、 山田依茉(千葉県1年)、 井町 遥(茨城県2年)、 大田川葉奈(茨城県2年)、 木下奈々心(東京都2年)、 末松愛唯(千葉県2年)、 平野開士(千葉県2年)、 古川朱里(茨城県2年)、 山野井葉奈(千葉県2年)、 山本彩華(千葉県2年)、 荒井珠結(茨城県3年)、 粟飯原野々花(千葉県3年)、 飯川 文(千葉県3年)、 植木柚来里(茨城県3年)、 大竹美愛(千葉県3年)、 大藤顕生(千葉県3年)、 佐々木夢叶(千葉県3年)、 志賀愛梨(千葉県3年)、 鈴木悠斗(千葉県3年)、 羽鳥百香(千葉県3年)、 福別府 英(千葉県3年)、 宮坂文香(千葉県3年)、 矢島みらい(千葉県3年)、 山形梨緒(千葉県3年)、 米澤綾花(東京都3年)

千葉県 小学校5年 湯浅 義大

チャレンジの大切さ

 「何事も楽しむ。チャンスがあればやってみる。」これが僕の母のモットーだ。物事にはプラスの面とマイナスの面があり、何をやっても良いところを見つけて楽しむ人と、悪いところを見つけてつまらないという人とがいるが、プラス思考で良いところを見つけた方が、何をやっても楽しいし幸せだと母は言う。僕もその通りだと思う。僕も色々なことにチャレンジしているが、チャレンジすることの大切さについて考えたところ、三つのことに気がついた。
 一つ目は、目標を立ててそれに向かって努力するということ。僕は定期的に検定にチャレンジしている。まずは受ける日程を決めたら、逆算して勉強する量や時間を決めて必死にやる。その時はかなりきついけれど、合格すると嬉しくて、その時の辛さは吹き飛び、充実した気分になる。
 二つ目は、やるからには積極的に取り組むということ。僕は今年のゴールデンウィークに三泊四日のイングリッシュキャンプに一人で参加した。初めてのところだったので緊張したが、積極的にアメリカ人の先生に英語を使って話しかけてみたり、知らない友達とも自分から話しかけて仲良くなった。ちょっとだけ勇気が必要だが、ちょっと頑張れば成功する可能性が高い。チャレンジには勇気がいるのだ。
 三つ目は、失敗=損ではない。学ぶことはたくさんあるということ。僕は学校の剣道部に所属している。週一回しか練習をしていないが、四年生の十一月の級位審査に挑戦して三級に合格することができた。五年生の五月にも級位審査があった。先生は、二級はまだ難しいけど受けるならサポートすると言ってくれたので、僕は挑戦することにした。僕は落ちることに対して不安があったが、母は、落ちても経験値は上がるから大丈夫と言った。部活動以外にも道場に通っているメンバーは合格したが、僕も含めて、週一回の部活動だけのメンバーはみんな落ちてしまった。結果は不合格だったけれど、限られた短い練習時間の中で頑張ってきたことを、学校外で試すことができたし、次回は頑張ろうという闘争心もわいてきた。自分にはもっとスピードが必要だという課題も見つかったし、仲間たちと楽しい時間も過ごせたし、とても良い経験になったと思う。
 チャレンジで失敗してもダメなことばかりではなく、そこから学べることはたくさんある。チャレンジには、チャレンジしようとする勇気と、そこから学ぼうという前向きな姿勢が大切で、努力すればしただけのプラスは必ずある。僕はこれからも特に自分がやってみたいと思うことは、面倒くさがらずに積極的に挑戦していきたいと思う。
 


千葉県 中学校2年 古山 寧々

伝えたい気持ち

私は積極的に自分の意見をだすことにチャレンジをし、日々生活をしています。私がこの目標をたてて生活していこうと思ったのは小学六年生の時です。
 私が通っていた小学校は、今、通っている中学校は学区外でした。でも、この中学校に入りたかった理由は吹奏楽部があったからです。
 私は幼い頃から音楽が大好きでした。ひまがあればピアノを弾いていて、ピアノ教室に通い始めたりもしました。
 小学六年生になり、進路相談がありました。私は吹奏楽部がある中学校は家から遠いし、色々家族にめいわくをかけてしまう人ではないかと思い、一回目の進路希望調査では学区内の指定されている中学校を希望しました。
 その日から一ヶ月がたち、最終希望提出日前日になりました。母は、当然一回目の進路希望調査の時と同じ中学校名を書こうとしていました。私は中学生になっても音楽を楽しみたい。吹奏楽やりたい。こんな気持ちになり、母に吹奏楽部がある中学校に入学したいと伝えました。でも、家から遠い。どうせ軽い気持ちで吹奏楽部にはいってもすぐに飽きてやめちゃうのではないか。そう言われ、その中学校に入学することを反対されました。いつもの自分ならここで諦めていますが、その時だけは違いました。私の音楽に対する気持ち、吹奏楽部にはいってやりたいこと・がんばりたいこと、通学方法を、母に、家族に話しました。私は泣きながら話していました。そのぐらい、大きな気持ちでいたからです。
 母は「じゃあ、先生に相談してみようか」と言ってくれました。
 次の日、学校で母と担任の先生、校長先生、私の四人で話し合いました。先生方にも私の気持ちを伝えました。先生は「音楽に対する気持ちが大きいのは伝わった。でも、今の友達と離れるのはさびしくないの?」ときかれました。正直言って友達と言えるような人もいなかったし、部活は友達と一緒にはいるものじゃないと思っていました。むしろ一人の方がいい。私は「大丈夫です。一人でもがんばりたい人です」と言いました。すると、校長先生が「よしっ。お前の気持ちは十分伝わった。明日、市役所に相談してみる」と言ってくれました。その時、とってもうれしかったのを今でも覚えています。自分の意見を正直に伝えたおかげで、今、私はあこがれの中学校へ入学し、吹奏楽部に入部することができました。
 私のわがままがゆるされたからには、一生懸命練習しています。大好きな音楽。あこがれの吹奏楽部に入部することができて私は幸せです。自分の気持ち、伝えたいことを話すことはこんなにも大切なんだなぁと改めて感じました。これからも自分の意見をしっかりもち、周りに伝えられる自分になりたいです。


千葉県 小学校4年 橋本 花梨

新しい家族

 五月十九日、私に弟ができました。弟といっても人間ではなく犬です。でも、私は前からお姉ちゃんになりたかったので、現在一番関心のあることは弟のお世話です。
 私の家族はみんな犬が大好きなのに、今までメダカしか飼ったことがありませんでした。だから、ポンタをむかえに行くときは、三才年上の兄も私もとてもうれしくて、あの時の胸のワクワク感はディズニーランドへ遊びに行くよりも何倍も楽しみでした。ちなみに、私がポンタと命名しました。赤ちゃんの時に毛がフサフサしていて、まん丸に太っていてポッコリしていたところから名づけました。
 なぜ、飼うことになったかというと、一番の大きな理由は兄が中学生になって、学校行事や部活で休みの日も家にいないことが多くなり、私がさみしくなったからです。それまでの私は兄と野球やサッカーをしたり、ぬいぐるみと遊んでいました。動かないオモチャが相手だと反応がないので、やっぱりあきてしまいます。ポンタがきてくれたおかげで、私はさみしくなくなったし、留守番もできるようになりました。
 ポンタの最もかわいいと思うところは、だれか一人でも外出から帰ると、階段のところで待っていたり、ねている時にね言を言ったりするところです。ね言はじゅくすいしている時にだけ言うので、聞けるのは毎日ではありません。ムニャムニャと何か話していて、まるで人間のようです。
 しかし、かわいがってばかりもいられません。今、困っているのは、トイレをなかなか覚えてくれないことです。私もたまにウンチの後始末をしますが、これは何度やっても苦手です。それから、私のかみの毛も甘がみしたり、くくっているヘアゴムをとるところです。このときは本気でしかります。
 飼う前と飼った後では、私たちの生活も変わりました。以前は父と休みが合えば、みんなでよく出かけていたし、旅行にも行っていました。だけど、今はポンタを長時間ひとりにして、トイレをがまんさせたままにするのはかわいそうなので、自然と外出することがへりました。それでも、私は平気です。出かけるのは好きだけど、出かけてもポンタのことが気になって楽しめないからです。
 このように、私や私の家族にはポンタが家族になったことで、行動も気持ちも百八十度変わりました。たしかに、大変なことも多くなったけど、それ以上に楽しいことが増えて、ポンタは私にとって大切で大好きな弟になりました。もちろん家族にとってもかけがえのない存在です。これからもお姉ちゃんとして弟のお世話を頑張ろうと思います。


千葉県 中学校2年 齋藤 彩萌

藍染めと剣道

 私は剣道部に所属している。普段から、当たり前のように着用している防具を、大会の後には必ず陰干しし、愛情と感謝の気持ちを込めて手入れする。ふとした時、
「なぜ剣道の防具や道着には藍染めが使われているのだろうか」
 とても疑問に思ったので、私は調べてみることにした。
 深い色合いの青を生み出す藍は、古代エジプト、メソポタミア、ギリシャ、ローマ、そしてアジアやヨーロッパ諸国の全世界に見られる天然染料であり、医療・化粧品にも用いられていることがわかった。また、サッカー日本代表チームのユニフォームはジャパンブルーと呼ばれているが、その言葉の由来は、明治時代に日本を訪問した外国人が、日本人が着ていた藍染めの着物や歌川広重の浮世絵で描かれた青色の美しさをたたえて用いたことにあると言われていることがわかった。鎌倉時代には、濃い藍染めが武士達に好まれ、「勝色」、かちいろ、かついろとして戦勝の縁起かつぎとして使用されていたそうである。藍染めは武士の色であり、室町時代には庶民の衣服へも普及していったこともわかった。
 藍染めは、糸を強くし、繊維を丈夫にするだけでなく、消臭・抗酸化作用・抗菌作用・防虫にも効果的で、色の美しさだけでなく実用性にも優れている。そのため、汗の酸化に強く生地を長持ちさせる藍染めは、剣道の防具や道着には優に適していることがよくわかった。藍染めについて調べていくうちに私は、藍には染色方法や優れた効果だけでなく、「武士の精神」も受け継がれているのではないかと感じた。
 今年の夏休み、私は藍染めについて調べたこともあり、実際に藍染め体験に参加した。手ぬぐい、ハンカチ、小さなトートバッグなど、真っ白な布地に身近にある割り箸と輪ゴムを使用して、模様のもととなる型をつけた。ハンカチや手ぬぐいには、折り目を変えて仮止めの輪ゴムをした。意外にも藍染め液は薄黄緑色をしており、きれいな青色ではなかったため、「本当に藍色に染まるのだろうか」と、とても不安になった。しかしその不安に反して、酸素と反応した藍液は急速に私の大好きな濃厚な藍色に変化した。素敵な模様の作品は私の大切な宝物になった。考えていたよりも手軽に体験できたため、この素敵な藍染めをもっと多くの人に知ってほしいと思った。
 普段、部活で当たり前の様に使用していた防具や道着にも、先人の方や武士の知恵がたくさん詰まっており、長い年月をかけて受け継がれている大切な財産であると感じた。日々の稽古が安全円滑に行えることの有り難さを忘れず、感謝の気持ちを携えながら精一杯稽古に精進していこうと心に強く決心した。

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